タトゥー
僕はアセっていた。
なぜなら彼女の千秋との約束に遅れそうだからだ。
もう付き合って2年にもなるのだが、どうも彼女には頭が上がらない。
28と言う自分の年齢が結婚を意識しているせいかもしれない。
もちろん約束を忘れていた訳ではない。どうしても仕事が進まないのだ。
僕の勤めている会社は企業や商品のキャッチコピーを考える仕事をしている。
最近では企業や商品は中身より、イメージが大切なものなのだ。
テレビCMとまではいかないまでも、雑誌などで自分達の生み出したフレーズが
躍るのを見るのは実に爽快であり、自慢でもある。
しかしである・・・
今回の僕の担当の依頼主はタトゥーショップ、いわゆる刺青屋さんなのだ。
友達にはタトゥーを入れた人間も数名いるのだが、僕はその分野には興味が
ない。 しかも銭湯や海水浴などでコレ見よがしに裸になっている様子に
嫌悪感さえ感じている。何が楽しくて痛い思いをしてお金を払ってまで自分
自身の体に絵を描くのだろう・・・と思っている。
しかしキャッチコピーを考えるのは仕事なのでイイものを作らなければ、と
思いつつも気分の乗らない仕事には力が入らないものだ。なんともドンヨリと
した気分の中、携帯が鳴った。
もちろん千秋だろう。彼女は僕の5分の遅刻も許さない。自分は丸一日でも
平気で電源を切ってしまうくせして。それに文句を言えない自分にも腹立たしい。
出ないでおこう。「運転中だったから」と言い訳しよう。「いつもは運転しながら
でも電話するくせに、」彼女の切り返しが聞こえてくるようだ・・
今朝は二日酔いだ。
結局昨夜は一方的に「風邪を引いたらしい」とメールをしてデートをすっぽかして
しまった。意味もなく深夜までテレビゲームをして缶ビールを4本飲んだ。
酒に弱い僕には泥酔寸前の量だ。
嘘をついて約束をすっぽかした罪悪感と、今日問題のタトゥーショップへの訪問が悪酔いへ
つながったようだ。
ブルーな気分のまま出社すると主任が言った。「次の依頼が詰まってるぞ、
今回の仕事は今日中に仕上げてOKを貰ってくるように」と。
社長を含めて4人の会社だ。必死に頑張る事に喜びは感じている。
電車で20分、依頼主の店に着いた。 普通の会社ならとっくに昼休みが終わった頃から
開店するこの店先に立つとやたら大きな音で音楽が流れているのが外まで聞こえている。
僕のブルーな気分を悟られないように笑顔で扉を開けた。
「いらっしゃいませ♪」と予想を反して笑顔の可愛い女の子が僕を見ている。
「ネクストフレーズの大久保です」名刺を差し出すと、女の子は店の奥に叫んだ。
「けいちゃーーん、ネクストさん来たよー」
奥から「はいよーー」と声がした。どうも僕のイメージと違う感じだ。彫師とはもっと
ドスの効いた声で怖いお兄さん、という僕のイメージと。
「どうぞ」と女の子に勧められるまま奥へ入る。これまた笑顔の、少し年上らしきイケメンが
座っている。「どうぞ、座ってください。」とイケメンは言った。
通り一遍の挨拶を済ませると彼は言った。「大久保さんは刺青ってどう思われます?」
僕は言った。「正直なところ、あまり興味は無いです。ですので何を表現するフレーズ
にしようか、悩んでいます・・」と。
そこへ笑顔の可愛い彼女がお茶を持ってきた。差し出す袖口からタトゥーが覗いている。
「刺青の魅力とは何なんでしょう?」
僕の質問にイケメン彫師は「それは人それぞれですよ。カッコイイから、可愛いから、
という理由が多いと思いますが・・」さらに「忘れないため、刻み込むため、思い切るため、
などというのもかなり多いと思いますね」
なるほど・・・タトゥーに嫌悪感すら感じている僕には気づかなかった。
確かに身体を飾るためだけのものでは無いのだと。
壁いっぱいに貼ってある絵はどれも龍や骸骨、蝶や十字架だ。それを見た僕は
着飾るため、威圧的なものにカッコよさを求めるだけのものだと思っていた。
「例えばどんな風にですか?」との僕の問いから長い話合いが始まった。
刺青を入れる人の話だけではなく、刺青の歴史や絵柄の意味合い、はたまた彫り物をしていると
どんな時、どんな風に困るか、入墨ではなく刺青、彫り物である言葉の意味合い等々・・・
話し込むうちに少し理解できてきた自分を感じていた。
気づくともう四時だ。 早く会社に帰ってこの仕事をこなしてしまわなければ。
僕はお別れの挨拶ののち最後に聞いた。
「このお仕事で一番何を大切にされてますか?」
イケメン彫師は即座に答えた。
「お客さんを一生後悔させないための努力です」
会社に戻る電車の中でふと考えてみた。 もし僕ならどこに何を入れるだろう・・・
男らしく龍、なんて僕には似合わないだろう。見えない所に思いを刻む、という感じが
自分には似合ってるだろうな・・
会社に着くとパソコンの前でキャッチコピーを文字にしてみる。
もう自分の中のイメージは出来上がっているのだ。 文字にするだけだ・・
そっと目をつぶってみる・・・・・・・・・・・・
「この想い、このタトゥー、大切に生きて行きたい。」
僕のイメージ通りが文字になった。
早速イケメン彫師に電話をする。 すると袖口タトゥーの女の子がでた。
「只今施術中ですので後程お電話差し上げます」。 僕は「文字の方が伝わると思います
のでFAXにて送信します」と言いA4用紙に大きくお気に入りのフォントでプリントした。
違う・・。 デジタルではダメだ。手書きだ。 刺青と同じくアナログでないと伝わらない。
手書きで大きく書いた。 そして送信。
5分とたたないうちに電話がかってきた。そしてイケメン彫師は言った。
「私の思った通りのイメージです、ありがとうございます」と。
気持ちよく仕事を終えた爽快感の中、ふとバイブにしたままの携帯を開けてみた。
メールが1件。 千秋からだ。
「風邪大丈夫? ちゃんとお医者さん行かなきゃダメよ。長生きしてもらわなきゃ困るんだから」
いつも顔文字絵文字オンパレードの彼女だ。 誰にもわからないかも知れないが、絵文字
の無いメールで真剣に心配してくれている事が僕にはひしひしと伝わってくる。
返信。
「二人の結婚記念日をタトゥーしない?」
プロポーズの言葉を打ち込んで、深呼吸。
静かに 「送信」 を押した。
(この作品は僕の思いつきのまま作成したものであり、登場人物その他は架空の物です。当然僕はイケメン彫師ではありません 苦笑
ですが、主人公のようにキャッチコピーを考える仕事は僕が就いてみたかった職業の一つであり、僕の刺青に対する考え方は文中のようなイメージです。)
